こころのデザイン帳

世の移り、人の動きの中で、時流に乗らない私なりの考え方、感じたことを綴っています。

このブログ、2年前から閉鎖状態になっていました。
他にいくつか新しいブログを持っていますが、最初に作ったこのブログは、タイトル名ともに、捨てがたく、そのまま非公開設定で置いてありました。
時々、アクセス状況だけ見ていますが、昔訪問していただいた方が、時折覗いてくださっているようですし、ブログのサーバー管理人さんは、きちんと保存してくださっています。
利用者も初めの頃よりは減っているはずですが、残ったユーザーのために、ブログを残してくださっていることに、感謝しています。
ブログが日本に導入された初期の頃の、ブログサーバ管理者としての心意気を感じます。

最近、利用している或るブログサーバの一つが、閉鎖を決めました。
そこには、このブログのログも一部移してありましたが、たまたまASAHIネットに、新しくブログ開設を決めたので、閉鎖したサーバのログと共に、このブログをリンクすることにしました。
タイトルは「こころのデザイン帳」です。
間に2年程のブランクがありますが、この「デザイン帳」を引き継ぐブログとして、ご贔屓いただければ幸いです。
過去ログとしてのこのブログは、新しいブログからの閲覧者のために、少しずつ公開に戻しているところですが、必ずしも日時順にはなっていません。
6年間の時間的経緯の中で、削除した方がいいと思われる記事もありますが、現在の時点で、修正することはしないつもりなので、私の「過去ログ」としてだけ置いておきたい記事は、そのまま仕舞っておきます。
その点は、どうぞご理解下さい。
今後とも宜しくお願いいたします。
このところ外出が多く、それも、墓参りだの、お盆の支度だの、亡くなった人への供養や、それにまつわる親族との付き合いなどで、神経を使うことや、数日前からの暑さも加わり、今日は起きた時の調子がよくなかった。
今日は送り盆なので、母の元に行き、そこから墓参りをすることになっていた。
また、7月は私の誕生月でもあるので、例年息子夫婦が、食事に誘ってくれる。
母の日、父の日、息子夫婦の結婚記念日、5月から7月にかけてのそれらを、全部ひっくるめて、お祝いしましょうとうことになって、墓参りの後、みんなで何処か、適当なレストランに行く手はずになっていた。
「私は全部は、とても動けないわ」と言ったら、夫が、母の処と墓参りは、息子夫婦と一緒に済ませてくれるというので、私は自宅で、みんなの帰りを待つことになった。

昼前、夫が車で出かけ、私は、仏壇を掃除したり、家の中を片づけたりした。
夫と息子夫婦は、母のところで落ち合って盆詣りを済ませ、そのまま車で霊園に行き、墓参りをしたらしい。
5時前に、みんなで一緒に我が家に帰ってきた。
怠けた甲斐があって、私の気分も快復したので、イタリアンレストランを予約、あらためて、4人で出かけた。
2年ほど前に、一度行ったことにあるレストランである。
公園を見下ろす坂の上に建っている。
景色の一番いいところは、結婚披露宴のパーティが入っていて、私達は、別室に通された。
そこも、次々と予約の客が入って、満員になった。
コース料理が進んで、デザートになり、夫が「誕生祝い」と言ってあったので、私の皿だけ、特別版。
店のスタッフの唱うイタリア語の「ハッピーバースデイ」を受け、息子の妻が予め注文してあったらしい、豪華な薔薇の花束も届いた。
紅白のワインと料理で、すっかり気分をよくして、息子たちとは、駅近くで別れた。
5月に私の父が亡くなってから、法事で、2,3回顔を合わせているが、息子たちは、いつもは、仕事が忙しく、滅多に顔を合わせる機会がない。
息子の妻の誕生月が11月。
オペラに一度行きたいと言っている彼女のために、秋にオペラに誘う約束をした。

最近、趣味の連句会には、ほとんど欠席である。
昨日も、仲間の友人に「行くわよ」と言いながら、暑さと、場所がいつもと違うことで、ちょっと面倒になり、行かなかった。
暑さにも拘わらず、大勢の参加者だったとか。
明日の会も、来週の会にも欠席で届けてある。
その日が都合が悪いわけではないが、どうも気乗りがしない。
私の主催しているネット連句は、今月から、私の捌きで、新しい一巻が進行中。
顔が見えないネット連句の方が、今の私には、気が楽だ。
よそのネット連句にも、参加しているが、主催者のやり方によっては、いつも楽しいとは限らない。
書き言葉だけの交流は、時に、誤解や、過剰反応が生じる。
主催者が、メンバーを依怙贔屓したり、ちょっとした行き違いに対して、適切な処理をしないでいると、初めは小さな輪だったものが、だんだん妙な方向に流れてしまうことがある。
先日、あるグループで、それに類したことがあり、実に不快な思いをしたので、そこは当分、ROMに徹することに決めた。
私の座では、そんなことのないよう、人数も、私が捌ける範囲に留め、公平に対応するよう、気を配っているつもりである。
現在、6人のメンバーで、歌仙進行中である。
2,3日前から、ものすごい暑さになってきた。
梅雨が明けたのだろうか。
家中カビが生えそうな、むしむししした天気も困るが、これを過ぎるとひとしきり酷暑が続く。
寝る前には冷房を掛けて、ある程度部屋を涼しくしておかないと、とても眠れないが、掛けっぱなしは体によくないので、切る。
夫は夜中に1,2度目をさます習慣なので、そのとき、窓を開けておくらしい。
明け方涼しい風が入ってきて、気持ちがいいからと言う。

早朝バイクの音で目が覚めた。
新聞か牛乳の配達であろうか。
時計を見ると4時半。
まだほとんどの人が寝ている時間である。
寝苦しさで、睡眠が浅いせいか、うるさいなと感じる。
折角涼しい風が入ってきて、さあ、もう一眠りと思った時に、けたたましいバイク音である。
通り過ぎるだけなら、瞬間的な騒音で済むが、配達の音というのは、止まったりふかしたりの繰り返しなので、かえって苛立たしい。
私は短時間の熟睡型。
地震が起こっても、目が覚めないクチである。
しかし、配達のバイク音で、目がさめてしまったというのは、それだけ眠りが浅かった証拠である。
ひと頃まで、こうした配達は、自転車だったような気がする。
住民の安眠を妨げるバイクに変わったのはいつからであろう。
配達元は、なんとも思わないのであろうか。
バイクの方が速いし、効率がいいのかも知れないが、明け方、あんな大きな音を立てられるのは、本当に迷惑な話だ。
心当たりの配達元に、あとで抗議をしようか。
そんなことを考えていたら、イライラして、もう眠ることも出来ないので、水を飲みに階下に降りると、外はすっかり明るくなっている。
熱気のこもった2階の寝室と違い、下は涼しい。
窓を開け、新鮮な空気を吸い込むと、少し気持ちが収まった。
配達をしているのは、多分、学生のアルバイトか何かであろう。
ご苦労さん、早起きさせて貰って、有り難うというべきかも知れない。
誘われて、ハウスコンサートという催しに行った。
家から沿線の駅を4つほど下った東京郊外。
三百年前の民家を、一部移築して、コンサート会場に使えるように建て、家族で、クラシック演奏会を企画、実行しているという。
24年前からやっていると言うが、私は今まで知らずにいて、今日が初めてだった。
個人の家でのコンサートだから、70人位で一杯になる。
住宅地の中の一軒で、外からは、道路に沿って建て並んだ普通の家である。
オープンに作られたアプローチに、小さな看板があるので、それと分かる作りである。
誘ってくれた人は、今日の演奏者であるメゾソプラノの歌手から、歌を習っているそうだ。
私が、音楽好きと知っていて、チケットを買ってくれた。
開演前に、会場は満員になった。
ハウスコンサートのオーナーから、簡単な紹介があって、演奏になった。
フランスの歌曲から始まり、休憩を挟んで、後半はオペラのアリア。
伴奏はピアノだけだが、小さな会場なので、声がびんびん響く。
聴きに来た人は、大半が女性。
演奏者の弟子と関係者、それに、ハウスコンサートの固定客が大半のようだった。
アンコールには、日本歌曲の「初恋」と「宵待草」。
さらに、会場の人も一緒に「この道」を斉唱して終わった。
終わると、厨房からコーヒーが用意され、大きさも模様も様々な、すてきなカップで、美味しいコーヒーを飲んだ。
防音装置はしてあるだろうが、こうした普通の家でのコンサートも、またいいものだと思った。
次回以降のために、会員登録して帰ってきた。